美人への道
〜ニッポンの美しい女神たちへ〜Vol. 50
アウトプットし過ぎたマインドを戻す方法・・☆
梅雨が明け、本格的な夏の到来で今年も猛暑の日々が続いています。
そして食欲も落ちてしまい、なかなか本来の調子を保つのも難しい季節でもありますよね。
季節の変動は人間にも大きな影響力を及ぼしていて、健康面以上にマインドの部分が不安定になっている方を多く見受けられます。
例えば、未来に対して不安になったり今の自分の状態が解らなくて身動きが取られず、その原因を探る作業ばかりで結局何の解決にも結びついていない。
そして鑑定のお仕事を通じて悩んでいるお客様のお話を聞いていると
○自分が原因で○○の状態を引き起こしているのではないか?
○周りが調子悪いのは自分が悪い念を発しているからではないか?
○自分だけ世間から取り残されているのではないか?
などかなり深刻な悩みへと発展しています。
そう・・何かに捕われていたり、妄想や思い込みが激しくなっているんですね。
それでは何故、このような自体に陥ってしまうのでしょうか?
何かに捕われている人たちのお話を聞いていると共通して『色んな情報』をどんどん頭の中へインプットする作業ばかりが目立ち、マインドの中で消化不良を起こしている場合が多いです。
今ではネット情報が主流の世の中で、ライフスタイル・美容からスピリチュアル・開運法に至るまでありとあらゆる情報に溢れ、そしてそれらを簡単に入手出来る時代となってきました。
簡単に入手出来るのは良いのですが、それが何時しか『中毒』になってしまい、
1つの情報では満足出来ず、次から次へと情報を受け取ろうとして行きます。
すると気がつけばどれが自分にとって有益な情報なのか?そしてその情報の信憑性を含め、良いのか悪いのか?など段々と解らなくなり、兎に角『情報を知る』事が『知らない事』より良いのだと判断するようになってしまいます。
すると目新しい情報をどんどん取入れたマインドは、頭の中がいっぱいになってしまい、その情報のキャッチを止める方へ動くのではなく、本来もっていた『自分の考え・個性』を外へ外へと排出する作業になります。
すると気がつけばキャッチし続けた情報が頭の中に残り、マインドは外へ放り投げ状態に変わっていきます。
心の中にも『キャパ』と言うものがありますからね、キャパを超えている時はそれらの理解を超えている事と同じです。
だから目の前で起きている現実的な出来事を客観的に判断する力が鈍り、自分が収集した情報の中からその原因と対処法を引っぱり出して来るものだから
それは『自分の考え』ではなく、誰かの情報を無理矢理あてはめているだけなのです。
どんなに数多くの情報を収集していたとしても、人と人との繋がりは『感情』の部分が大きく関係して来ます。
自分の中で作り出す『感情』は情報が作ってくれるものではありません。
喜怒哀楽は、自分が幼少の頃から色んな人たちとの関わりや経験で作り上げられる『生きた心』と同じ。
例え、恋愛でも人間関係でも上手く円滑出来るノウハウ本があったとしても、一番の勉強は『自分が今まで培って来た経験値』となります。
嬉しい!悲しい!悔しい!楽しい!これら経験して得た感情は本当の『自分』となり、そして自分の人生を歩んで行く事になります。
そしてそんな『感情』が色んな困難を乗り越える原動力となり、また自分自身の成長へと繋がって行くのです。
この観点から見ると最初、例をあげたマインドがアウトプットしている人たちは、心の中に『感情』と言うものがあまり出て来ません。
『感情』ではなく『情報』出て来るのです。
友情が壊れる原因が自分の抱く『念』のせいである。とか落ち込んでいる自分が周りに悪影響を及ぼしている・・とか。
これだと友情が壊れた本当の『理由』と言うものが見えて来ないし、自分を責める事によって解決させる自虐的な方法は本当の解決ではありません。
そして情報を収集し過ぎていて『自分』を見失っている事に気がつかない人も多くいらっしゃいます。
客観的に言われて初めて気付く・・意外とこんな人は多いんですよね。
でも、これらは決して特別なケースではなく『情報の収集方法』は誰でも気をつけなければならない部分です。
では、もし情報を収集し過ぎて自分のマインドがアウトプットしてしまっていると思った時、どのような方法でマインドを取り戻せば良いのでしょうか?
本当は簡単に言うと『情報収集』を一旦辞める!となりますが、なかなかそれは出来ませんよね。
マインドがアウトプットし過ぎている時の状況で一番解りやすい言葉は『イマジネーションの欠落』と言う事です。
『イマジネーション』も同じく、今まで培って来た経験から来るもの・・。
『感情』と『イマジネーション』はリンクしていて、子供の頃、絵本を読んだり読み聞かせをしてもらったりして頭の中に色んな想像を膨らませた思い出があると思います。
それは子供の頃だけでなく大人になって複雑な社会の中で生きて行く中『イマジネーション』を持って状況を考えられるかどうかが重要になって来ます。
例えば、誰かが怒った顔をしているとしましょう。
それを見た時『何故、あの人は怒っているような顔をしているのだろうか?』と推理が始まるはずです。その推理は今まで自分が培って来た経験の中で色々とあてはめて行きます。
『仕事で嫌な事があったのかな?』『友達と喧嘩したのかな?』『怒ったような顔に見えるのかな?』など色んな角度で考えが頭の中に浮かぶと思います。
それが『イマジネーションの欠落』となると答えは1つに決まっていて『○○だからあの人は怒っている』と結論づけてしまいます。
結果論で言うと『どれが正しい』と言うものはないのです。
誰かがAと思えば誰かはBと思う・・。これはどちらが正しいと言う話ではなくひとそれぞれ『感情』と言うものを持っていれば捉え方も10人10色と言う事です。
だから『情報』もそれが全てではありませんし、絶対的に正しいと言う事は世の中で存在しないのです。
マインドがアウトプットしている状態、『イマジネーションの欠落』を補正するためには、心を揺さぶられるような・・涙が出てくるような映画や活字の本を読んでみてください。
『涙』は心の中に詰まっている情報過多を流してくれますし、涙を流す効果は『ストレス軽減』『リラックス状態』へと導いてれます。
何だかやる気が出なかったり気持ちが沈んでいる時、その状況から脱するために正反対のアドレナリン(興奮状態)が上昇するような事を求めたりするものです。
それは落ち込んでいる自分を興奮状態にして誤摩化しているだけで何の解決にもなっていません。
落ち込んでいる時は逆に涙を出す方が立ち上がりを早くしたりアウトプットしたマインドを取り戻し、心の中をスッキリさせる事が出来ます。
『涙は浄化』と言いますけれど、ホントその通りだと思います。
人間はこのような自分にストレスがある状態の時は『泣く』と言う行為をちゃんと持ち合わせています。
そう・・自己治癒力を兼ね備えているんですね。
『涙が出ない』程の重症だと思われていましたら兎に角、涙が出る方法を模索してみてください。そのための情報収集はアリだと思いますよ・笑。
この情報の『インプット・アウトプット』の現象は1つの現代病に通じるものがあります。
出雲bijinの新年に掲げた今年のキーワードは『自分らしさ』!
今後もこのキーワードに沿ってアウトプットしてしまった『自分』を取り戻す方法について色々と提示して行きたいと思います。
7月は蓮の季節!
故事に『泥中の蓮』と言うものがあります。
意味は『汚れた環境の中にいてもそれにそまらず清く正しく生きる』となりますが、本当に蓮の花は泥の池から大輪美しい華を咲かせています。
こちらは数年前、フィルムで撮影した蓮の写真。
全て普通に写っている中でただこの1枚だけが突然変異の様な色合いになっていました。
ちょっと不思議な写真です。
こちらはブログでも紹介した事がある『双頭蓮』です。
京都・宇治市の支那寺『萬福寺』では数年に一度、吉祥の『双頭蓮』を見る事が出来ます。
この写真は約10年前に撮影したもの。
其の後、1回だけまた『双頭蓮』が咲いたとお聞きしました。